第2話・3幕

『最初の口づけ』

 

 

 


 竹千代との別れから2年後。1551年の夏。
 ある日突然、信秀が那古野城に来ると、その顔は青ざめており、城中は何事かとどよめいた。
 そしてすぐに病床に臥せったのだ。
 信長が、
「父上、どうして黙っていたのだ!」
 と叫ぶと、
 信秀は、
「おまえに、心配をかけたくなかったからだ」
 とかすれた声で返した。
「父上は病に負けるような男ではない!」
(なぜ母がいる末森城から離れ、おれのところへ来たのだ)
 そう言おうとした。

 だが……。
「土田御前(どたごぜん)か……あいつとは、少し喧嘩をしていてな」
 と、以前言われたことがあったのを思いだした。
 いままで父が母のことを話してくれたことはあまりなく、聞いても多くを語ってくれなかった。
 生きるか死ぬかというときにそれどころではないだろうと思ったが、

(喧嘩ですむ状況ではなくなっているのか)
 と悟る。
「ずっと悔やんでいた。竹千代を、おまえたちから奪った。その報いが、いま来たのだろう。わたしもしょせん、戦にのまれ、
この世の言いなりに生きるしかなかった男だ。だがおまえたちは違う。おまえと濃姫なら、必ず何事も成しとげられるはずだ。
わたしのすべてをおまえたちに託す。わたしが死ねば、織田家は大きく動くかもしれぬ。嫡男として家督を継ぐべきおまえには、味方も大勢いるが、必ず敵も大勢いると思え。おまえを信じている。濃姫とふたりなら、きっと何事も乗りこえられる」
 織田信秀、那古野城にて病没。享年42。

 葬儀は、竹千代を預けていた万松寺(ばんしょうじ)でおこなわれた。

 

 寺は物々しい雰囲気であった。
  那古野城の信長派と、末森城の城主であり信長の弟である信行派が一堂に会する。
 うつけ者と呼ばれた信長に比べ、年の近い弟の信行は謙虚で利発であった。そのため、信行に家督を継がせるべきだという意見が以前から多く出ている。
 しかし信秀は、
(信長はただのうつけ者ではない)
 と、信長に家督を継がせる意志を貫いた。
 それに反対したのが、ここにいる反信長派である。
「では、家主のかたからご焼香を」
 僧が言うと、
「すまない。家主の信長様が見当たらぬのだ。傷心しておられるのだろう。もう少し待ってくれ」
 と、政秀がささやく。
 すると、反信長派の急先鋒、筋骨隆々とした柴田勝家という男が政秀に、
「政秀殿。信行様から焼香を始めては」
 と耳打ちすると、政秀も周囲に聞こえぬように、
「勝家殿、なにを言われる。家主は嫡男である信長様と決まっておる。当然、信秀様もそのお考えであった」
 直後、馬が駆けてきて止まる音がした。
(信長様が来た!)
 安堵して身を乗りだすと、すぐに信長と濃姫が入ってきた。
 しかしなんと、信長は、道三との会見のときと同じく半袴、腰には火打ち袋という、まさにうつけ者姿。
 濃姫は稽古着である袴姿である。
 驚天動地、一同は唖然とし、政秀は息もできない。
 信長は大股で焼香の場に進む。
 そして抹香(まっこう)をわしづかみし、遺影に投げつけて出ていったのである。
 政秀は血の気が引いて倒れそうになった。
 続いて、信長のうしろに立っていた濃姫が静かに焼香の場につくと、信長派の一同は、
(もはやなにが起きても不思議ではない)
 と、脈が乱れて胸をさすった。
 ところが濃姫は丁寧に焼香をすませ、遺影に向かって手を合わせた。
 そして目を閉じて、しばらくそのまま動かなかった。
 政秀はその様子を見守っていた。すると、濃姫が合わせた手の指に、わずかに力が入るのがわかった。
(なにか、強く願っておられる……)
 その直後、濃姫は目を開けて、
「殿のお父上は、とても温かいおかたであった。きっと、こんなになっても、笑って殿を見ておられるに違いない」
 穏やかに言うと、さっと立ちあがり小走りで出ていった。
「ひ、姫様、お待ちくだされ!」
 信長も濃姫もいない葬儀となれば、今後、反信長派がさらに勢いを増すのは目に見えている。
 信長の振る舞いを見れば、信長派のなかからも造反者が出てもおかしくはない。
 勝家は周囲に聞こえる声で、
「政秀殿。殿は日夜、奥方と城下や野山を駆けまわり、野営して帰ってこぬ日もあるというではないか。いまのを見ておわかりいただけたか。やはり家督を継ぐのは信行様のほうが……」
 政秀は言い返せなかった。その気力すらなかったのである。
 しかし、これは信長の作戦であった。この光景を見てもなお、自分に従ってくれる家臣と、そうでない家臣を早期に見極めようとしたのである。濃姫の言った通り、父は笑って見てくれていると信じて。
 そして思った通り、信長を支持する那古野城の家臣たちと、末森城の城主である弟の信行を擁立しようとする、勝家を中心とした家臣たちの対立が、鮮明になっていったのである。


 政秀は信長の真意など想像すらしていなかった。
 信長にとって、政秀は信頼できる家老だが、この乱世においては信頼など無意味なものである。
 とくに、まだ力のない信長にとってはなおさらだ。
 政秀が自分につくとは言いきれないと思い、あの葬儀の意味を伝えなかったのだ。
 それが、のちに取り返しのつかない不幸な結果を招いてしまう。

 その後の2年は、信長と濃姫にとって我慢の時だった。
 稽古を怠らず、兵法も学びながら、自分たちに味方する者たちを選別していった。
 あのような葬儀での振る舞いを見ても、信秀に忠誠を誓っていた者たちの多くは信長についた。
 信長を信じていた信秀を、信じていたからである。
 信秀も、若いころは天下統一の夢を抱いていた。その信秀が家督を譲った信長は、長年の宿敵である斎藤道三と同盟まで結んだ。そして天下統一を目指している。
 信長と信秀の夢に乗ろうと、かれらは闘士を燃やしていた。
 反信長勢力とは戦力は互角。一戦交えるか、それとも和解によって織田家を団結させるべきか。穏健派、過激派による議論は夜な夜な続いた。
 夏のある夜、政秀は議論の場にはじめて姿を見せなかった。
 那古野城内をさがしまわった信長は、なんと蔵で腹から血を流し倒れている政秀を目にした。
「政秀!? どうした!」
「と、殿……」
「だれに刺された!」
「殿のためにございます」
「どういうことだ」
「信行様に味方する家臣たちとの争いは、もはや止められそうにありませぬ。家老の柴田勝家は反信長の急先鋒。殿や信秀様と対立していた、守護代の信友と通じている可能性もございます。隙あらば必ず兵を挙げ、この那古野城に攻めて参りましょう。わたしの息子たちは、勝家らとともに信行様についております。戦になれば、息子の亡骸を見なければならぬかもしれませぬ。わたしとて父親。子を思う気持ちがございます。しかし、信長様を裏切ることなどできませぬ。いままでわたしは、殿のわがままをたくさん聞いてきたつもりでございます。最後だけは、望む通りに、楽にしてくだされ」
 政秀は、家老の身でありながら織田家をまとめることができず、また自分の子が信長の敵にまわっていることに責任を感じ、心が持たなくなっていたのだ。
「父だけでなく、おまえまで失えというのか」
「なにを……殿には、濃姫様がおられます。きっと、いざとなれば殿の盾になってくれるような、最高の娘にございます。その濃姫様との縁談をとりまとめたのはわたしでございます。どうか」
「いまのおれがあるのは、おまえがいたからこそだ。この恩は、来世で返させてもらう……」
 平手政秀、享年62。信長に見取られながら、その生涯を閉じた。
 織田家のなかで大きな影響力を持っていた政秀の死を受け、織田家は完全に分裂。
 信行は、父が以前から信長を特別にかわいがっていたことを妬んでいた。
 柴田勝家は、人徳のある信行を擁立し、織田家の主導権を握ろうとしていた。
 さらに信秀の正室であり、信長と信行の母でもある土田御前が信行を明確に支持したため、多くの家臣が信行になびき、
信長は苦難の道を進むことになる。
「葬儀のことを話していれば、政秀は心を強く持てていたかもしれぬ」
 信長が濃姫にそう弱音をはくと、濃姫は首を横に振って、
「心配するな。どんなことがあっても、わたしはおまえについていく」
 信長は、何度も、この言葉を生きる糧として、苦難を乗りこえていった。

 秋めくころ、信長は濃姫とともに山中へ向かった。
 城下が見渡せる場所に立ち、信長は持ってきた火縄銃を手に、
「よし、ここで試そう」
 試し撃ちをすることにした。
 濃姫は見たこともない武器に尊崇の念で、
「これが鉄砲か」
 指の腹でそっと触れた。
 信長から、
「これからの日本の戦の形を変える、すさまじいものだ」
 と事前に説明を受けていたからである。
「はは、お濃。神や仏ではない。しょせんは道具だ。遠慮なく触れ」
 濃姫に持たせると、
「わっ、おもっ」
 その重さに両腕を落とす。
「近年、日本に伝わった火縄銃というものだ。国友村から500丁ほど買いつけた」
 濃姫は好奇心で目を輝かせ、

「どうやって使うのか教えてくれ」
「ここの引き金を引くと、火をつけた火縄が、あらかじめ火薬を盛りつけておいた火皿と呼ばれる部分を叩く。それにより弾が発射される」
「早く見たい。早く撃って見せてくれ」
「よし、あの岩を狙おう。離れていろ。あと、耳をふさいでいろ」
 発射! 炸裂音が響き、遠方の岩に着弾する。
「うわっ……! すごい。あそこまで届くのか」
「もっと遠くまで届くが、目標が遠いほど殺傷力は低くなる」
「実践での殺傷力はどれほどを見込めるのだ?」
「足軽用の具足で試したところ、厚い鋼板を用いた胴体正面部分であっても、直撃を受ければいとも簡単に撃ちぬけるほどだ(足軽は徴兵による農民からなる軽装歩兵)。胴体に直撃すれば間違いなく助からないだろう。至近距離となると言うまでもない」
「こんなものがあれば、いままでの戦の常識が変わってしまう」
「その通りだ。ひとりの撃ち手に数丁の火縄銃と数人の手伝いがつき、撃っているあいだに周りの者が次の発射に備え弾を込める。これにより素早い連射が可能になる。だが命中に難がある。遠くの敵に当てるのは難しい。また、味方に当たっては元も子もないため、使いどころは限られる。一度乱戦になり敵味方入り乱れれば使うことはできない。とはいえ、使い方次第では一方的に攻撃でき、無類の強さを発揮できる場面もあるはずだ。鉄砲隊はいまのおれたちにとってなくてはならない強力な存在だ。そこでお濃に頼みがある」
「なんだ?」
「鉄砲隊を編成し、おまえに預けたい。満足に扱えるようになるためには、長い訓練が必要だ。おまえが訓練を指揮し、精鋭部隊として鍛えてほしい」
「そんな大事なことをわたしに?」
「大事なことだから、おまえに任せたいのだ。それにお濃は武芸の才がある。鉄砲もだれよりも早く使いこなせるだろう」
「そうか。よしわかった! わたしにまかせておけ」
「頼んだぞ」
 信長は100人の兵を鉄砲隊として編成。濃姫はそれを5人1組とし、1組に5丁の鉄砲を与えた。
 そしてひとりの射手と4人の手伝いに分け、訓練を重ねていったのである。
 同時に、ふたりは兵法に詳しい者を城に招くなどし、本格的な戦術の知識を学んでいった。
 信長は徴兵についても改革をおこなった。兵農分離である。
 主力となる足軽は農民であるため、農繁期には戦をしないのが普通である。
 だが、いつ戦を起こされても大丈夫なようにしなくてはならない。
 そこで、普段は農村に住み、農業経営をしている地侍を農業から引き離し、城下町に住まわせた。


 翌年の1554年1月。ついに対決のときがきた。
 織田家の分裂を好機と見た今川勢が尾張に侵攻。
 尾張攻略の第一歩として、信長の配下である水野忠分(ただわけ)を城主とする緒川城(おがわじょう)攻略のため、
その近くの村木に砦を築いたのである。
 忠分は信長に援軍を求め、信長はこれに応じた。
 また、留守のあいだに守護代の織田信友や信行が那古野城を攻めることが予想されたため、那古野城の見張りとして斎藤道三に救援を求めた。
 道三は、
「守就(もりなり)、1000の兵を率いて那古野城へ向かえ。逐一状況を知らせるのだ」
 と、美濃の有力武将である安藤守就に出兵を命じた。
 守就が部屋を出ていくとすぐに、
「お待ちを」
 と、光秀が早足で道三の前に来て平伏する。
「その兵、わたしに預けてはいただけませぬか」
「おまえが帰蝶を想う気持ちは分かっておる。だからこそ、おまえをいかせることはできぬ」
「なぜでございますか」
「帰蝶に万一のことがあったとき、おまえに無茶をされては困る。われらは那古野城の留守を預かるだけの役目。村木砦の戦いに加勢するわけではない」
「しかし」
「帰蝶になにかあったとき、おまえはなにもせず帰ってこれるのか?」
「それは……」
「光秀。わしはおまえがいまも帰蝶を大事に思ってくれることに感謝しておる。むしろ、申し訳ないとすら思っておる。しかし、おまえは妻を迎えたばかりだ」
 光秀は昨年、ふたつ年下で25歳の妻木煕子(つまきひろこ)を妻に迎えていた。
 煕子は許嫁であったが、光秀と濃姫との仲が公のものとなると、自ら身を引いていた。
 そして、夫を得ずに、まだ光秀を思っていたのだ。
 それを知った道三は、煕子の気持ちを光秀に伝えると、煕子の気持ちに応えたいとして婚姻したのである。
「おまえのためにとても尽くしてくれていると評判だ。その妻のためにも、おまえを危険に晒すわけにはいかない。おまえは斎藤家にとって、この国にとって、最も大切な家臣だ。わかってくれ。帰蝶に伝えたいことがあれば手紙に書き、守就に預けることを許そう。それがいまのわしにできる精一杯だ」

 援軍として美濃を出発した安藤守就率いる1000人の兵が、1月20日夜中に尾張に到着。那古野城近くに布陣した。
 那古野城に来た守就のもとへ信長と濃姫が駆けてきて、
「なんと礼を言えばよいか」
 と、信長が軽く頭を下げた。
「那古野城の守りはお任せくだされ」
「ほかの者たちにも礼が言いたい」
「あちらに控えております」
「承知した。お濃。ここを頼む」
「わかった。やあ守就。久しぶりだ」
「帰蝶……いえ濃姫様。この役目、光秀殿が志願いたしましたが、聞き入れられず。これを光秀殿より預かり申した」
「手紙?」
「失礼つかまつる」
 守就が去って、手紙を開いた。
 そこには、剣術稽古を習ったときと同じ言葉が書かれてあった。
「兵たちのために生きる。あなたから学んだこと、決して忘れませぬ。どうか、見守っていてください」

 翌日、信長と濃姫は那古野城の直卒部隊800人を率いて出陣。信長に味方する信長の叔父である織田信光も居城から200人を率いて出陣し、2日後、緒川城に到着した。城主の水野忠分は齢18だが、勇敢で信長に忠誠を誓う武将である。
 信長と濃姫は、忠分とともに部屋で軍議をはじめた。
「信長殿、そして奥方。こたびのご出陣、あらためて心より感謝申しあげる」
 信長が、
「忠分。この城が落とされれば、今川の尾張侵攻は確実なものとなる。尾張の命運がかかっているのだ」
 忠分は、
「命をかけて、必ずや追いかえします」
 濃姫は、
「その意気だ。信光殿は砦の偵察に向かった。3人で軍議をおこなう。砦の状況を教えてくれ」
「これが見取り図にございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この図は全景の予想であり、内部はどのようになっているかほとんどは不明です。砦の大きさは南北120間、東西100間ほどの馬蹄形をしております。この大きさから見て、敵の数は少なく見積もって200。多ければゆうに800を超えている可能性もございます。大将は不明ですが、守兵らはおそらく三河衆を中心とした精鋭でありましょう。そのほかにも、村木の村人たちを雑兵(ぞうひょう)として動員しているとのこと」
「村人を?」
 濃姫が怪訝な表情で聞いた。
「脅された者はもちろん、恐れて自ら協力している者もおりましょう」
 信長は落ちついた表情で、
「砦が早々に完成したのは村の協力があったからということか」
「いかにも。北は要害で攻めるは不可能。東は大手門で海に面しており、西は茨(いばら)の生い茂る搦手門(からめてもん)。南は深い空堀(からぼり)で、底に立つと対岸が見えないほどの堅牢な構えにございます」
 信長が、
「これはもはや小さな城だ。通常、確実に城を落とすにはどれほどの戦力が必要になる」
 と濃姫にたずねる。
「城方の5倍の兵力が必要になるはずだ」
「正解だ。よく覚えていたな」
 ほころんだ顔で言うと、
「馬鹿にするでない。必死で覚えたのだ」
(ああ、わかっている)
 と信長はうなずく。
「こちらの兵力は信長様の直卒部隊が800、内、鉄砲隊が100。信光殿が200、我ら水野兵が200、合わせて1200。もし敵の数が800であれば4000の兵が必要になります。正攻法では勝ち目はありませぬ」
「お濃、どう思う? 意見があれば聞かせてくれ」
「当たり前のことではあるが、砦の中に入らない限り勝ち目はない。東西の門のどちらかからでも砦に入ることができれば、勝機はある。しかし、門は狭く、大軍が一度に殺到することはできない。防御に優れる門に敵の全兵力が集中すれば、こちらの被害だけが増える。であれば!」
 濃姫が見取り図に強く指を落として動かしていく。
「東西の門と南側の3方向からの同時攻撃で、敵の兵力を分散させる。南は相当の被害は覚悟の上、堀にハシゴをかけ足軽にのぼらせ、阻止しようとする敵を鉄砲隊が攻撃して援護する」
「さすがだお濃。鉄砲隊を活かすにはそれしかない。最も攻めにくい南はおれが引き受ける。火縄銃の実戦投入は初だが、このときのために鉄砲隊を鍛えてきたのだ。みな忠義を尽くしてくれる精鋭揃いだ。必ずやってくれると信じている。明朝、奇襲をかけ、3方向から同時に攻める。西の搦手門は信光殿に、東の大手門を水野勢に任せたい。東は船で素早く浜に上陸し、なにがなんでも門を突破してくれ。水野兵と信光殿の兵は勇敢な兵が多いと聞く。それぞれ200と数は少ないが、敵が分散すれば、必ず抜けられるだろう」
「必ずや!」

 軍議が終わり、信長と濃姫は庭に出て、並んで空を見上げた。雲ひとつない天上で溢れだすこのときの月光は、万物を平等に照らす太陽とは違い、自分たちになにかを語りかけているように見えた。
 濃姫が言う。
「綺麗な月だ。竹千代も、見ているだろうか」
「また会うと約束した。勝って、必ず生きて帰らねば」

 だが濃姫には、この月光が、最期のひとときを与えようとしているように思え、そして挽歌のように思えた。
「……怖くないか」
 と、見上げたまま濃姫が聞いた。
「なにがだ?」
「わたしの父が親子2代であそこまでのぼりつめたのは、あらゆる手段を使ってきたからだ。頭も切れる。わたしたちと同じく、天下を夢見てきた男だ。日が経てば、わたしの前では優しかった、かつての父ではなくなっているかもしれない。いまの那古野城は、父が裏切ればたやすく手に落ちる。ここの状況によっては、わたしたちを見限ってそうするかもしれない。そうなれば、わたしたちに帰る場所はなくなる」

 信長は、はっきりと、

「おれは、道三が裏切るなどとは微塵も思っていない」
 濃姫は、道三を信じる信長の自信に満ちた言葉が、逆に不安を増して、
「どうしてそう言い切れる」
 答えを求めた。
「おまえの父だからだ。おれと同じように、おまえが道三を信じるなら、おれはなにも怖くはない」
「……おまえに慰められるとはな」

「いつも、お濃がおれを慰める役だったからな」
「ふふ、ほんとだな」

(そうか。だからさきほど、わたしを小馬鹿にして、緊張をほぐそうとしてくれていたのか)
「まだ、怖いか?」
「……那古野城を出るまでは、恐怖などなかった。ここに来て、いろんな恐怖が襲ってくる。おまえはいつも、わたしを信じてくれているのに……。わたしは恐怖に負けて自分さえ信じていなかった……。正室として最低だ」
「それは違う! おまえは最高の女だ。おれの妻にはもったいないほどに」
「信長……」
「おれはもう、おまえだけを見ていられる」
 心の奥底でずっと待っていた言葉――。滲み出そうになった涙を唇をかんで瞳に染み込ませる。そして、信長にくちづけをした。

「わたしも、おまえだけを見ている」
「愛してる」
「愛してる」
 このとき、信長20歳、濃姫18歳。ふたりがはじめて、愛を誓った瞬間だった。
 尾張と織田家の命運をかけた戦いが、いま、はじまろうとしていた。

戦国豆知識
 作中で光秀が濃姫に伝授した奥義は、敵の攻撃を防いでからの居合術。
 居合術は、片膝をついた状態で抜刀し、立ち上がりながら敵を斬る剣術である。
 居合術は、意外にも、戦国時代に考え出されたものだとされている。
 この時代のおもな武器は槍であり、槍を斬られたり、槍の間合いの内側に接近されるなど、

 切羽詰まったときのために考え出された。
 光秀は天才であり智将と言われているが、それだけでなく、剣術にも秀でていたという
 記録も残っている。戦国武将のなかでも、あらゆる面で卓越した才能を発揮し、
 最も有能な武将と言っても過言ではない光秀。
 ある記録にはこういう言葉がある。

 「優れた武将は代わりはいくらでもいるが、光秀は光秀であり、代わりはいない」

 そして側室をひとりも置かず、妻となった「妻木煕子(つまきひろこ)」を愛しぬいた。
 この夫婦仲は、戦国1、2を争うほどであると有名である。
 そんな光秀が、なぜ本能寺の変を起こし、信長に反旗をひるがえしたのか。
 謎に包まれた濃姫と同じく、戦国最大の謎のひとつとされている。